『戦場のピアニスト』

『戦場のピアニスト』 監督:ロマン・ポランスキー




ナチスドイツ占領下のポーランドで、ユダヤ人虐殺の嵐の中を生き延びたユダヤ系ポーランド人のピアニスト、ウワディスワフ・シュピルマンの姿を実話に基づいて描いた作品。本作は2002年のカンヌ映画祭で最高賞のパルム・ドールを獲得しています。


音楽家としてワルシャワの街で平和に暮らしていたシュピルマンと彼の家族は、ドイツ軍のポーランド侵攻と同時に家を追われ、ゲットーへと押し込められます。彼らは家族団結して苦境を切り抜けていくのですが、ついに彼以外は全員捕われて強制収容所へ送られてしまい、彼自身も何度も危うい目に会います。しかし、彼のピアノの腕前を知る人々の助けにより、隠れ家を転々としながら何とか生き延びていくわけです。

ところがソ連軍のワルシャワ開放も間近という時期になって、ホーゼンフェルトというドイツ軍将校(実在の人物らしい)にとうとう隠れているところを見つかってしまうわけです。ですがこの人がよく出来た人間で、彼のピアノを聴いて感銘を受け、潜んでいた彼を見逃すだけでなく食料の援助までしてくれるわけです。


結局彼はピアノを武器に戦うわけでもなく、レジスタンスに多少の協力をしたりはするものの、他人の好意に甘えながら逃げ続けるわけですね。家族全員を殺されながら一人だけ生き延び、ワルシャワ蜂起のときも窓から戦闘を眺めるだけだった彼を臆病だと非難するのは簡単です。しかし、自民族が絶滅させられるという現実を越えた現実に直面したとき、勇気とは何を意味するのかを断言することは誰にも出来ないでしょう。

とにかく彼は苛烈な時代を生き延びてピアニストとしての名声を取り戻し、現代の我々に対して人間の尊厳とは何かを問いかけた、という事実がある。そういう映画です。

彼がアップライト・ピアノのある部屋に逃げ込んだとき、物音を立てないように鍵盤に触れずにショパンを弾くシーンが非常に印象的でした。


あと、アマゾンのレビューとか見てると、どうもドイツ語部分の日本語訳があまりよろしくないみたいですね。二人称の使い分けが上手く訳せてないため、ホーゼンフェルトのヒューマニスティックな人間観がかき消されてしまっているとか。ドイツ語の知識は全くないので私は気付かなかったのですが、フランス語でいう"vous"と"tu"の違いがあるらしい。映画の翻訳ってのは難しいものですね。


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2008年06月29日 映画 トラックバック:0 コメント:0

綾部恒雄 編 『文化人類学15の理論』

綾部恒雄 編 『文化人類学15の理論』 中公新書



前回の更新から一週間も開いてしまいました。今週は仕事と会社の新人歓迎会で忙しかったわけです。気付いたら私ももう丸二年もサラリーマンやってるのねー。感慨深いですわ。


というわけで。今回もお勉強編。

本書も文化人類学専攻の学生にとっては非常に有名な一冊。文字通り、文化人類学の学説史を15の理論に分類して、学問としての全体を俯瞰するための本です。

博物学や探検といった文化人類学前史から、社会的ダーウィニズムの影響を受けて「文化進化論」を成立させた黎明期、文化人類学が人文・社会諸科学の牽引役を務めた「構造主義」の黄金時代。そして、急速な世界システム化の中で「記号論」や「現象学」の成果を取り入れながら、さらなる学としてのあり方を模索する現代に至るまで、コンパクトかつ体系的に非常に良くまとまっています。


初版は1984年と少々古いですが、評価の定着していない最新の学問動向は学生なら自分で補ってしかるべきだと思うので、この本の有用性はいささかも減じていないと改めて感じました。

文化人類学に興味のある方は、一度は読まれることをおすすめいたします。

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2008年06月28日 新書 トラックバック:0 コメント:0

『ジェンダーで学ぶ文化人類学』

田中雅一/中谷文美 編 『ジェンダーで学ぶ文化人類学』 世界思想社



今月から9月まではフランス語&文化人類学強化期間なのです。あまり興味ない方もおられるかとは思いますが、院試のお勉強も兼ねているので、すいません。



本書はジェンダーに関する文化人類学の論文14編を通して、性と男女を巡る文化人類学上の最新トピックを理解しようという趣旨の本です。


ジェンダーという概念は、男女平等の思想が広くいきわたった今ではかなり一般的になっているように思えます。社会的性別と訳されることもあるこの概念は、社会が規定する「男らしさ」「女らしさ」を意味するものですが、しかし私自身も幾分か漠然としたものと感じることもあります。

例えば、小学生のランドセルの色が男子は黒・女子は赤と決められていることについては不思議に思っても、女は産む性であるから必然的に愛情がこまやかであり、また家庭にも近くなるという説明にはなんとなく納得してしまうように。


本書はそのような、社会的性別といっても根本は生物学的性別に基いているんでしょ?といった認識を、実際のフィールドワークから得られた資料をもとに根底から覆すものです。

例えば、有名なヌエル族の事例のように同性同士(ヌエルの場合は女性同士)の結婚が認められていたり、北米インディアンの間で見られる「ベルダーシュ」のように中性的な格好をして社会的にも男性でも女性でもないと見做される存在があるといったように、ごく西欧的な男女二元論の性別観に対して強く揺さぶりをかける内容となっています。

もちろん、職業や開発における格差のようなトピックに言及した論文もあり、人類学やフェミニズムに興味を抱く人間に限らず、現代に生きる誰もが認識すべき諸論点を含んでいます。


しかしね、ちっと話は飛ぶんだけど、何事であれ男女同権を主張する人々は、オリンピックの試合を男女別でやるのは差別だ、という考えにはなぜならないのかね?これが、オリンピックは人種別にやるべきだ、という話になったらとんでもない非難が巻き起こる気がするんですが。
ということは結局、どこかで男女の線引きは行われてるんですよね。

つまりフェミニズムは、社会的弱者とされている集団が、自らの地位を逆手にとって糾弾するための方便に過ぎないのではなかろうか、と、まだ勉学の浅い私が広い意味でのフェミニズムに釈然としないものを感じてしまうのはそこなのです。

何事であれ、過渡的な時期には行過ぎた現象が起きるのは常ですし、それが必要悪であることも頭ではわかってはいるのですが、「強者」である男子の側に立たせていただいているらしい私には、フェミニストからはセックスとジェンダーを(意図的に?)混同して議論を進めているような印象を受けてしまう、というのが率直な印象です。


そういえば学部一年生の授業で、アードナーの『男が文化で、女は自然か?』を毎週読まされて、すごくきつかった記憶があります。私のフェミニズム苦手意識はあのときからですな。


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2008年06月22日 専門書(人類学) トラックバック:0 コメント:0

澁澤龍彦 『幻想の肖像』

澁澤龍彦 『幻想の肖像』 河出文庫



私の敬愛してやまない澁澤氏による美術エッセイ集。

「女性の肖像画」というおおまかなテーマに沿って、ルネサンス期に描かれた作品を中心に現代の作品まで,気の向いた作品を紹介するというスタンスで書かれているようです。対象となる作品は教科書的な有名作ではなく、少々マイナーな佳品を中心にセレクトされておりました。もともとは『婦人公論』の口絵解説として書かれた文章とのことで、教養と韜晦に溢れた澁澤節は健在ですが、彼の他のエッセイよりはリラックスした筆致で書かれているような印象を受けます。


それにしても、澁澤龍彦って人は偉大なる素人なのだと思いますね。この本に書かれている内容も印象批評以外の何物でもないし、よく読むと文旨も明瞭ではなかったりするのですが、それがなぜかくも魅力に満ちているのか!私は彼の書いたものを読むたびに、薫り立つような、という形容が頭に浮かびます。

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2008年06月19日 評論・エッセイ トラックバック:0 コメント:0

加藤恭子 『「星の王子さま」をフランス語で読む』 

ちくま学芸文庫 『「星の王子さま」をフランス語で読む』 加藤恭子



今回もフランス語のお勉強編。

日本では『星の王子さま』として親しまれている"Le Petit Prince"を、原文のフランス語で読むための手引き書として書かれた本です。

ただ、内容としては原文を逐次翻訳して文法や構文を解析するというタイプの本ではなく、章ごとに原典の2〜3行を引用し、それを元に一般的な文法事項を概説するというつくりになっているため、あまり実用には役立たないかもしれない。むしろフランス文学の授業のような、サン・テグジュペリの思想の解説に重きを置いている感じの本です。

とはいえ、やはり原典が素晴らしいので、引用箇所を読んでるだけでも思わず涙ぐみそうになります。また、著者が一方ならぬ思い入れを込めて場面の背景や細かな言い回しを解説しているのも、啓蒙的な意味ではすごく影響を受けます。

実用性云々はさておき、とにかく原典を読んでみたいと感じさせる点では素晴らしい入門書だと思いました。


あ、ちなみに私、原書も読み始めました。いつになるかわからないけれど、挫折せずにここで紹介できるよう頑張ります。

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2008年06月15日 英語関係 トラックバック:0 コメント:0